【回想】東京・日本橋から埼玉へ激走!(前編)日本橋-足立区

2021年12月11日(土)
私はランニングの格好で地下鉄の改札を出て、地上に出てきました!
ここは東京メトロ「三越前」。
あの高名な「日本橋三越本店」がそびえたっています。
豪華なクリスマスツリーに目を奪われます(^^)

なぜここにいるのか?
ここから日光街道を走って、北上するためです。
本日の走行予定は約23キロ。ちょっと長いかな?
↓地図で言うと、このあたりです!

今日のルート

日本橋駅-草加駅(東京都中央区-埼玉県草加市)の一般道
約23キロ(予定)

今日のお楽しみは…
前半:日本橋~浅草界隈の風情
中盤:「千住宿」エリアの風情
後半:「草加宿」の草加松原

ちなみに街道のルートはこの本を参考にしました(以下、「予習本」)↓

ちゃんと歩ける日光街道 奥州街道
著者:八木牧夫 出版:山と渓谷社(2018年) 

ルートに不安があったため、この予習本が多いに役立ちました!!
本によると、日光街道には名所旧跡が沢山あり、見どころ満載です。
しかし、あまり寄り道ばかりしていると、なかなかゴールできません。
RUNの速度維持のため、名所旧跡はスルーすることも多々ありそうです。

日光街道の起点を探せ!

まずは三越近くにある、日本橋へ。
日本橋は日光街道および、五街道の起点です。

日本橋は1603年に創架され、江戸幕府により五街道の起点として定められました。現在の日本橋は1911年に架橋されたルネサンス様式の石像二連アーチ橋で、四隅の親柱の銘板に刻まれた「日本橋」及び「にほんばし」の文字は最後の将軍・徳川慶喜公の揮毫によるものです。

現地の案内板より 一部抜粋

1603年の橋!歴史あるんですね~!
今は、高速道路と立体交差しているという不思議な空間です。

日本橋 麟像像

↑有名な日本橋の麒麟像。東野圭吾さんの小説に出てくる像です!
映画にもなりましたね~。

さて、日光街道の起点となる「日本国 道路元標」を探します。
ウロウロすること数分。どうしても見つけられない…

観光案内所で尋ねてみました。
すると「元標は橋の真ん中(車道)にあるので見られない」らしい。

サキタ

えっ!日光街道の起点の元標、見られないの?

観光案内所の人

元標のレプリカなら、見られますよ!

10:20 日本橋を出発

観光案内の方の情報のおかげで、橋の近くでレプリカ(左下)を発見しました↓

気を取り直してランニングウォッチのGPS記録を開始!
ここから日光まで約140kmか~。
さあ、いよいよ、日光に向けての気の長い旅のスタートです。

三越のような重厚な建物があるかと思えば、
コレド室町のようなスタイリッシュな商業施設も立ち並ぶ、
異種混合の街並みです。

12月の東京は銀杏が美しい…

地図通りに進んだつもりだけど、裏路地にいざなわれました。
分岐を間違ったかも?

ここはどこなの?と思いつつも進むと、前方に圧巻のスカイツリー!
ビル群の隙間に、幻のように佇んでいます↓

↑ウルトラマンがリアルに東京に出たら、こんな感じに見えるのかな。

ホントにここは日光街道?というような路地を進みました。
道中、呉服屋さんや繊維に関するお店が多かったように思います。
三越も元は呉服屋さんだったから、この界隈は専門店街なのかも?

↓隅田川に近づくと、視界が開け、屋形船を沢山見かけました。

ここからお花見や納涼船が出るのかな。いいな~(^^)

隅田川越しにスカイツリーとアサヒビール本社ビルをとらえました↓

アサヒビールの本社ビルは、
ビールジョッキ(泡つき)
をイメージしているそうです。
言われてみると、確かにそう見えます。壮観!

しかし、それよりも隣の、
筋斗雲みたいなオブジェ
が気になります…

帰宅後調べると「聖火台の炎」
をイメージしていることが分かりました。

Q.浅草のアサヒビール本社ビルのとなりにある金色のオブジェは何を表わしているの?
A.「聖火台の炎」です。
金色の炎は「新世紀に向かって飛躍するアサヒビールの燃える心」を表わしています。(中略)アサヒビール100周年の記念事業の一環として、1989年10月に竣工いたしました。

Asahi お客様相談室

11:20 浅草寺 雷門

スタートから1時間ほど走り、浅草の浅草寺までやってきました。

数年前、東京マラソンの観戦で訪れたことがあります。
ここはランナーの折り返し地点。
太鼓などの応援もありにぎやかでした。

そして…今日も、人の波がすごい!
コロナ禍でここまでの人に遭遇したのは初めてです。

あまりに人が多くて、近づけません…
交差点を挟んで向かいにある「浅草文化観光センター」へ退避。
センターの2階から、ガラス越しに雷門を遠望。
浅草の雰囲気だけ楽しみました。

本当は浅草観光してみたかったけど、またいつか。
トイレ休憩したのち、再スタートします。

言問橋

言問橋までは、街道から少しずれて、隅田川沿いをランニングしました。

橋で左折すると、しばらく川から離れ、町をひたすら走ります。
隅田川は大きく蛇行しているので、この後再会する予定です。

12:00 泪橋

「泪橋」を通過。
この地名は、予習本でとても印象深く、記憶に残っていました。
「泪橋」は昔、罪人が連行される際、親族と最後の別れをした場所、
と伝えられているそうです。

街道沿いには名所旧跡が山ほどあり、一度本を読んだだけでは把握しきれません。
でも「涙目橋」のような悲しいエピソードは、記憶に残るんですよね…

荒川区 泪橋

南千住駅の陸橋を越えて、さらに進みます。
ここも日光街道…らしいです。

南千住駅前歩道橋

12:15 千住大橋

再び隅田川と合流。千住大橋を渡ります。
日光街道最初の宿場「千住」のエリアへ!
日本橋からここまでの走行は、まだ8~9kmほど。
それほど長い旅路ではありません。

千住大橋

↓千住大橋を渡り切ってから、あらためて隅田川をのぞき込むと…
長~い遊歩道が整備されていました。

せんじゅこばし

どこから何キロ続いているのか分かりませんでしたが、かなり長そう。
開放的で、リバーサイドRUNにも、よさそうでした。

御上り場 

ここは「御上り場」らしいです。
御上り場とは何か?丁寧に説明されていました。

将軍家 日光門主(別掲参照)など 高貴な人々が利用していた湊が千住大橋御上り場である。将軍家が千住近郊の鷹場(小塚原 花叉村 たけの塚 そうか村など)や小菅御殿への通行などに通常利用されていた。

現地の案内板より

おくのほそ道 旅立ちの地

さらに、千住大橋は松尾芭蕉の「おくのほそ道 旅立ちの地」らしいです。

千じゅと云所にて 
船をあがれば、前途三千里の
おもひ胸にふさがりて、
幻のちまたに離別の泪をそそぐ 
与謝野蕪村筆 「奥の細道図屏風」

現地の説明文より

松尾芭蕉も御上り場を利用できる、高貴な文人だったということですね。
この先は、松尾芭蕉との縁が深い旅路になりそうです。

12:35 千住宿

橋のたもとを出発し、ほどなくして松尾芭蕉の石像に出会いました。
石の柱に「千住宿」とあります。
ついに、宿場エリア核心部に到着です。
千住は日光街道の最初の宿場だそうです。

この先は、かつての「やっちゃ場」(市場)。
現在も宿場町の名残を残す、趣ある商店が続く通りです。
しばらく進むと…
急に現代の商店街に切り替わり、少し驚きました↓

↑非常に活況で、好感の持てる商店街でした。
こんなににぎやかな商店街、初めて見たかもしれません。

12:50 千住ほんちょう公園

商店街の中に公園があり、宿場や高札場の由来が記されていました。
ところで高札場って何でしょうか?

千住宿 高札場 由来
千住が宿場となって栄えたのは慶長二年(一五九七)人馬引継ぎ駅として以来のことだといわれています。
(中略)このような高札場は、明治の初期まで宿場の掟(きまり)などを掲示して、人々に周知してもらうため千住宿の入口・出口の所に設置されていました。

現地の案内板より

つまりは、「おふれがきの掲示板」ということでしょうか。
後でわかったことですが、
千住宿の高札場(跡)は通り過ぎ、見逃していたようです(;^_^A

13:00 荒川に到達!

千住エリアを出て、ついに荒川を渡るときがやってきました。
河川敷の広場は、すごい開放感!
「虹の広場」という七色のステージを左折。

虹の広場

商店街や宿場町も悪くないけど、
私にはやっぱりリバーサイドが向いているかも。

川を渡った先は、何区かな?
埼玉はもう近い?

長くなるので、続きは後半に…

今日のまとめ

  • 日光街道(五街道)の起点は東京・日本橋
  • 浅草界隈の賑わいはコロナ禍でもすごい
  • 千住は新旧の商店街が続く

久しぶりの長距離RUN・・・
体力とガーミンの充電が心配です。

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